帰国後の1年を振り返って
ニュージーランドから帰ってきて1年以上が経った。
帰国後の1年間くらいは、まさに”迷走”だった気がする。
帰国前から、「ニュージーランドの学校に再度留学する」という目的はあったし、「未来につながる仕事をしよう」とも思っていた。
ただ、実際にはうまくいかなかった。
2024年の10月に帰国して、1ヶ月後くらいには転職エージェントに連絡をした。
ニュージーランドにいた時に知り合った友人に紹介してもらっていたから。
面談をして、希望の職種と、できれば英語を使える環境がいいと伝えた。英語を忘れないように、使える方が望ましいから。
希望の職種も、将来の仕事につながり、かつ、自分の経験も活かせるもので。
あとは、契約社員であることも条件にした。翌年から留学するつもりでいたから、正社員は難しいかなと。
嘘つけないし(苦笑)
すぐにいくつか求人の紹介があった。
そのうちの一つの外資系企業の面談に呼ばれたけど、結果的にはダメだった。
「英語の環境」「未来につながる仕事」にこだわりすぎて、その後いくつか求人を紹介されたけど断ってしまったこともあって、うまい具合に仕事は見つからなかった。
一方で、久しぶりの日本が、というか日本食が良すぎて、色々と出掛けていた。
京都にも行った。
金銭的な制約が出てきていたので、あまり好き勝手にはできない感じだったけれど、それなりにお金を使ってしまっていた。
帰国してから半年近く経った2025年の3月、短期のバイトを始めた。
長期的な仕事がなかなか見つからず、流石に「収入を得ないとお金が貯まらない」と思ったから。
正直なんでも良くて、近所で引越し的なバイトが高い時給であったから、それに申し込んだ。
最初のうちは良かったけど、慣れない作業、特に重たいものを持つことが何度かあって、腰を痛めてしまった。
それでも、無理せずに休みをとらせてもらい、それ以降は腰に負担のない仕事に変えてもらって、2ヶ月間の短期バイトを終えた。
バイトをしつつ仕事探しは継続していた。
ハローワークにも通って、その時に見つけた企業さんに採用してもらえた。契約社員で。
仕事は6月から開始で、契約期間は9月まで。
同年に留学する可能性はあったけど、正直どうなるかも分からなかった。
それについては、伝えた上で採用してくれたので、採ってもらった会社には今でも本当に感謝してる。
ただ、そこでの環境が自分には合わなかった。。。
その一方で、自分の”思考の癖”にも改めて直面することになった。
むしろ、後者の方が影響力が強い気がした。
久しぶりの都内への通勤にオフィスワーク、慣れない初めてやる仕事など、色々な要因もあったと思う。
勤務開始当初は意気揚々と元気にやっていたけど、最後の方は体に緊張を感じることが多く、声も大きく出しづらくなっていた。
そして、この会社勤めをしている期間に、体調が、特に脚の状態が悪くなってきた。
元々、ニュージーランドにいる時から、脚の違和感を感じ始めてはいた。
2024年の6月、夜中に突如足先に激しい痛みを感じた。
「まさか、痛風!?」と思ったけど、腫れてはおらず、その痛みはがおきたのは二晩だけだけだった。
症状が出た時も、足を高くしたら痛みが緩和された。
また、足を温めることでも緩和した。
その頃から出てきた脚の違和感は、日本に戻ってから少しづつ大きくなってきていた。
色々と病院に通ったけど、内科的にも外科的にも特に異変は無く、原因がよく分からず。
その違和感が、会社勤めを始めたらさらに悪化し、帰国当時は”しびれ”がメインだったのが、”神経痛”が出るようになった。
そして、30分以上椅子に、床にも座っていられなくなった。違和感と痛みが凄すぎて。
2年以上履いていた5本指靴下も、違和感で履けなくなった。
そんな状態ではあったけれど、7月には家族での旅行を提案した。
現在もだけど実家に住んでいることもあり、親も高齢になってきたこともあり、親孝行をできる時にしよう、と思ったから。
母の親戚が多くいる北海道へ皆で行った。
車の運転もした。旅行前にペーパードライバー講習を受けて。
これだけ長距離の運転をしたのは、人生で初めてだった。しかも、結構大きめの車で。
そんなこんなで、心身ともに疲れながらも、9月の契約満了を迎えた。
6月からの4ヶ月は、ただただ「1日1日を乗り越える」の気持ちで、毎日やっていた。
朝早く起きて弁当を詰め、満員電車で座るために少し早く出て、駅では人混みにストレスを感じながら通勤して。。。
我ながらよくやったと思う。
ただ、それによる反動もやっぱりというか出てきていた。
お酒を飲む量が格段に増えてしまったこと。
会社から帰宅するときに、週に1、2度だけど、公園でお酒を飲む癖がついてしまった。
最初は「ご褒美」程度で考えていたけど、少しづずエスカレートしていった。
理由としては、会社のストレスもそうだけど、家に帰りたくない、という気持ちもあったから。
家が自分にとって安心できる場所じゃなかったから。
その辺りの話をすると長くなるし、それは今はまだブログでは書けないかな。
いずれにしても、そんな状態になってしまっていた。
結局、2025年の11月から留学する予定でいたけど、それは翌年に延期することにした。
金銭的な面もあったけど、心身ともに調整する必要があると思ったから(海外在住している方から、アドバイスをもらったからというのもあった)。
この1年間を簡単に振り返ってみても、なんと無く空回りでうまくいかなかった気がしている。
あくまでも、今の自分の視点では。
ただ一方で、向き合った方がいい自分の”癖”、特に”悪い癖”が浮き彫りになった1年であった気もしている。
ニュージーランドにいた時も、それを感じたことはあった。
小学校の時にいじめにあって以来、メンタル的には不安定だった。
それ以前の記憶はあまりないから、元々の自分の性格的な気質もあるのかもしれないけど、よく分からない。
ただ、ひょうきんで明るい性格だったようだから、多少は違うかも。
いずれにしても、そのメンタル的な不安定さがすごく出てきた年だった気がする。久しぶりに。
コロナになるまで、20年近くも心療内科に通っていた。
コロナ禍で人に合わなくなってから気持ち的にとても楽になり、心療内科へ通うことも服薬することもやめられた。
ただ、おそらく、「社会に適応すること」はある程度できるようになってきたと思う。
ただ、自分の心の根本にある考え方の”悪い癖”や、トラウマ的なところは、まだ歪んだままなんだと思う。
もちろん、心療内科へ通っていた際に学んだ認知行動療法で、昔よりは認知の歪みはなくなったと思う。
ただ、それが極端に作用して、自分の本当の気持ちまでも押し殺してしまっていたように思う。
つまり、なんでも良い方向に解釈することで、自分の中で本当に「嫌だなぁ」という気持ちまでも、矯正してしまうこと。
それに、やっぱり心のどこかで人に嫌われることを恐れたり、何か起きた時にほぼ必ず「自分が悪いんじゃないか」と思ってしまうこととか。
そして、お酒の問題。
辛いことがあると、お酒を飲んで気を紛らわせようとしてしまう。
これは、昔から自分でも分かっていたこと。
昔のことは忘れたけど、何かと考えすぎてしまう。
だから、思考を止めるためにお酒に頼っていたんだと思う。
ただ、去年の9月に会社を辞めてからこのことを特に意識するようになって、さらに、お酒も少しづつ減らしていこうと思ってからは、お酒をあまり飲まなくなった。
週に1回、少ない時は缶ビール1本。
もちろん、たまにハメを外すときもある。
それでも今は、そんな自分を責めずに、少しづつ変わっていこうと自分に言い聞かせる。
自分のことを知っている人が聞いたら嘘だと思われるかもしれないけど、将来的にお酒を飲まない生活になってもいいとも思う。
それ以外のことで自分が楽しい生活をして、満たされていれば。
ただ、今時点では、様子を見つつ減らしていきたいな、というのは思うところ。
心療内科を卒業したからもう大丈夫だと思っていたけど、まだまだ変わっていかなければいけない部分がある。
もちろん、環境に依存する部分もあるとは思うけど、そうじゃない部分もあると、今は思う。
ただ、環境は大事だと思うし、どういう人と付き合っていくかというのも大事だと思う。
良くも悪くも、自分は周りに影響を受けやすいと思うから。
あと、自分に対して思うこと。
何かと不器用。
いろんなことができて、器用貧乏だと思うけど、生きることに不器用。。。
昔よりはマシになったけど、まだまだ二極化思考的に考えたり選択したりしてしまうし。
「やる」と決めたら良くも悪くもすぐにやろうとしてしまうし。
「嫌だ」と思ったら、様子も見ないで諦めたりやめようとしたりしてしまうし。
ただ、こういう”癖”が分かってきたからこそ、一旦落ち着いて考える必要がある、ということも分かってきた。
自分のことを知ることは大事だなと。
そして、真面目すぎ(苦笑)
自分でも自覚して、周りからも言われるけど、”クソ”がつくくらい真面目。
今年の抱負の一つは「脱真面目」。少しづつでもそうなっていけたらなぁって思う。
さらには、引き続き「人に頼る」こと。
会社を辞めて結構な貯金ができた時、もっと計画的にそれを独立資金として使っていれば、今はまた違った生活をしていたかもしれない。
もしかしたら、すでにフリーランスで働けていたかもしれない。
でも結局そうはならず、お金もほぼ底をついた。
ただ、後悔はしていない。
計画的にお金は使わなかったけど、その間3年近く自由に生活したギャップイヤーのような期間で、色々な人に会えて、とても良い経験ができたから。
40歳も後半に差し掛かってきたけど、これから新たなスタートだと思ってやっていく。
ここ3年近くは夢のような感じで過ごしてきたぶん、今は色んな現実に直面してだいぶ打ちのめされそうになっているけど(笑)、腐らないようにしたい。
それこそ、諦めたらそこで試合終了だから(by 安西先生)
今は、2026年の終盤に留学することを考えている。
ただ、これもどうなるか分からない。
目標としてもってはいるけど、その時点になって「行けそう」と感じたら行くつもり。
自分は心の声がとても小さい。
過去の生活環境から、「自分がこうしたい」という気持ちがわかりづらいんだと思う。
周りのことを常に気にして生きてきたから。
「周りがこう思うだろうから、こうしよう」という、”条件付きの”意思でやってきたから。
将来的なビジョンは持ちつつ、できるだけその日、その時にやれることを毎日やってこう。
そう思う。
